2026年02月21日 10:19
第76回卒業式を挙行しました!
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2月19日(木)、第76回卒業式を挙行し、307名の卒業生が晴れやかに本校を巣立ちました。厳粛な雰囲気の中、担任の呼名に応えて壇上へ進む姿には、3年間の成長が刻まれていました。
兒島校長は式辞で、古代ギリシャの哲学者ソクラテスの「無知の知」を紹介し、「自分がまだ十分に知らないという事実を自覚することが、本当の知への第一歩である」説き、知識や情報があふれる現代だからこそ分かったつもりにならず、問い続ける姿勢を持つことの大切さを強調しました。そして、失敗や迷いを恐れずに学び続ける謙虚さが、これからの人生を切り拓く力になると力強くエールを送りました。
来賓からの祝辞、在校生代表による心のこもった送辞に続き、卒業生答辞では生徒会長が仲間と過ごした日々や支えてくれた家族・教職員への感謝を述べ、会場は大きな感動に包まれました。新たな道へ踏み出す卒業生の前途に、心からの祝福を送ります。
答辞 卒業生代表 岩崎千蔵
眠い中教室に響く心地良いチョークの音。体育後、教室に漂う汗拭きシートの匂い。とりあえず蛍光ペンで線を引いた教科書の華やかさ。くだらないことを話しながら昼休みぎりぎりまで食べ続けたお昼ご飯の味。毎日の努力でぼろぼろになった手の痛み。当たり前の日々の中で当たり前に感じていた感覚は過去のものとなり、今日、私たちは卒業します。
卒業。必要な課程を全て勉強し終え、学校を出ること。
私たちはここで何を経験し、何を学び、今日この場で何から卒業するのでしょうか。
三年前、春には似つかない大雨の中この成美高校に入学し、新たな出会いの日々が始まりました。教室が同じで偶然出会った人、部活が同じで偶然出会った人、登下校の道が同じで偶然出会った人、私たちはこの成美高校で起きた様々な偶然の出会いを運命的なものに感じ、同時に必然的なものにさえ感じるほど、ここで出会った人たちと様々なことを共に経験することが出来ました。その経験は喜ばしいものばかりではありませんでしたが、その一瞬一瞬の全てが今の私たちを形成しています。共に勝利し喜びを分かち合った瞬間。仲間だけが成功し、人知れず仲間を妬んだ瞬間。私たちはその都度、様々な感情に襲われました。辞書に載っている言葉では表現しきれないその感情は、一人で背負うには大きすぎて、でも誰かに伝えることの方が難しくて、そんなやり場のない感情は、時に矛盾した言動を起こし、人を傷つけたこともありました。それでも隣にいてくれた大切な人と共に過ごした日々は、根拠のない自信に溢れており、何をしても成功しそうで、どんな無意味なことでも一緒にいれば楽しく、心の底から笑っていられました。一日が終われば、「バイバイ」と言って、明日、また会えることを必至と思い疑わず、共に過ごす日々をただあたり前に楽しんでいました。しかし、もう明日から、その当たり前の日々が訪れないことを、私たちはまだ実感していません。終わりがあるから価値があるなどと、そんな陳腐な言葉で片づけたくないほど、この成美高校での生活は楽しく、幸せで、今はただ終わってほしくないと切に願います。
十代だから、Z世代だから、令和だからとカテゴライズされた私たちは、決められた枠から飛び出そうと必死になり常に大人たちと戦っていました。学校という組織に縛られ、学校という快適な空間に守られていた私たちは、敵対視していた存在から解放され、守ってくれていた存在から見放されます。そして、私たちはいつしか大人になり、今の私たちがそうするように敵対視され頼られる存在になるのだと思います。漠然とした存在である大人になれるのか、そもそもなる必要があるのかそれすらも分かりません。ただ、責任と引き換えに得た自由の中で、私たちが明日も生きる理由を、必要性を探求しに行きます。
後になりましたが、今日を迎えることが出来たのは、紛れもなく、毎日私たち生徒を支えてくださった先生方、そして何があろうと常に私たちを応援してくれた家族の存在があったからです。卒業生を代表して感謝申し上げます。高校生という年齢の私たちにとって、目指す存在であり、嫌悪を抱く存在は、身近の先生方や家族でした。叱られた本当の意味を理解するにはもう少し時間を要しますが、この人生の中で出会えたことはとても運がよかったと思います。また、本日このような盛大な式を開いていただき誠に有難うございます。
今日、私たちは卒業します。何から卒業するのか今は分かりません。しかし、いつか今日の卒業が間接的にも何かに作用することを信じて、振り返れば、今日という日に価値があったと思える日を目指して、私たちは進みます。







兒島校長は式辞で、古代ギリシャの哲学者ソクラテスの「無知の知」を紹介し、「自分がまだ十分に知らないという事実を自覚することが、本当の知への第一歩である」説き、知識や情報があふれる現代だからこそ分かったつもりにならず、問い続ける姿勢を持つことの大切さを強調しました。そして、失敗や迷いを恐れずに学び続ける謙虚さが、これからの人生を切り拓く力になると力強くエールを送りました。
来賓からの祝辞、在校生代表による心のこもった送辞に続き、卒業生答辞では生徒会長が仲間と過ごした日々や支えてくれた家族・教職員への感謝を述べ、会場は大きな感動に包まれました。新たな道へ踏み出す卒業生の前途に、心からの祝福を送ります。
答辞 卒業生代表 岩崎千蔵
眠い中教室に響く心地良いチョークの音。体育後、教室に漂う汗拭きシートの匂い。とりあえず蛍光ペンで線を引いた教科書の華やかさ。くだらないことを話しながら昼休みぎりぎりまで食べ続けたお昼ご飯の味。毎日の努力でぼろぼろになった手の痛み。当たり前の日々の中で当たり前に感じていた感覚は過去のものとなり、今日、私たちは卒業します。
卒業。必要な課程を全て勉強し終え、学校を出ること。
私たちはここで何を経験し、何を学び、今日この場で何から卒業するのでしょうか。
三年前、春には似つかない大雨の中この成美高校に入学し、新たな出会いの日々が始まりました。教室が同じで偶然出会った人、部活が同じで偶然出会った人、登下校の道が同じで偶然出会った人、私たちはこの成美高校で起きた様々な偶然の出会いを運命的なものに感じ、同時に必然的なものにさえ感じるほど、ここで出会った人たちと様々なことを共に経験することが出来ました。その経験は喜ばしいものばかりではありませんでしたが、その一瞬一瞬の全てが今の私たちを形成しています。共に勝利し喜びを分かち合った瞬間。仲間だけが成功し、人知れず仲間を妬んだ瞬間。私たちはその都度、様々な感情に襲われました。辞書に載っている言葉では表現しきれないその感情は、一人で背負うには大きすぎて、でも誰かに伝えることの方が難しくて、そんなやり場のない感情は、時に矛盾した言動を起こし、人を傷つけたこともありました。それでも隣にいてくれた大切な人と共に過ごした日々は、根拠のない自信に溢れており、何をしても成功しそうで、どんな無意味なことでも一緒にいれば楽しく、心の底から笑っていられました。一日が終われば、「バイバイ」と言って、明日、また会えることを必至と思い疑わず、共に過ごす日々をただあたり前に楽しんでいました。しかし、もう明日から、その当たり前の日々が訪れないことを、私たちはまだ実感していません。終わりがあるから価値があるなどと、そんな陳腐な言葉で片づけたくないほど、この成美高校での生活は楽しく、幸せで、今はただ終わってほしくないと切に願います。
十代だから、Z世代だから、令和だからとカテゴライズされた私たちは、決められた枠から飛び出そうと必死になり常に大人たちと戦っていました。学校という組織に縛られ、学校という快適な空間に守られていた私たちは、敵対視していた存在から解放され、守ってくれていた存在から見放されます。そして、私たちはいつしか大人になり、今の私たちがそうするように敵対視され頼られる存在になるのだと思います。漠然とした存在である大人になれるのか、そもそもなる必要があるのかそれすらも分かりません。ただ、責任と引き換えに得た自由の中で、私たちが明日も生きる理由を、必要性を探求しに行きます。
後になりましたが、今日を迎えることが出来たのは、紛れもなく、毎日私たち生徒を支えてくださった先生方、そして何があろうと常に私たちを応援してくれた家族の存在があったからです。卒業生を代表して感謝申し上げます。高校生という年齢の私たちにとって、目指す存在であり、嫌悪を抱く存在は、身近の先生方や家族でした。叱られた本当の意味を理解するにはもう少し時間を要しますが、この人生の中で出会えたことはとても運がよかったと思います。また、本日このような盛大な式を開いていただき誠に有難うございます。
今日、私たちは卒業します。何から卒業するのか今は分かりません。しかし、いつか今日の卒業が間接的にも何かに作用することを信じて、振り返れば、今日という日に価値があったと思える日を目指して、私たちは進みます。







